以前、無期懲役の判決を受けたひとりの黒人が、囚人島に移送されました。その黒人が乗っていた船は「リヴァイアサン」といいましたが、その船が沖に出た時、火事が発生しました。
 その非常時に、黒人は手錠を解かれ、救助作業に加わりました。彼は、10人もの人の命を救いました。その働きに免じて、彼は後に恩赦に浴することになったのです。

解説

 第2次世界大戦時、ナチスの強制収容所で地獄のような体験をしたヴィクトール・フランクルは、この黒人を例に引いて次のように言う。
 もし誰かが、この無期懲役の判決を受けた黒人が船に乗る前に、「お前がこれからも生きる意味がまだあるのか?」と尋ねたとしたら、たぶん彼は首を横に振らざるを得なかっただろう。
 だが、どんなことが自分を待ち受けているかは、誰にもわからない。10人の命を救う仕事が黒人を待ち受けていたように、どのような重大な時間が、どのようなチャンスが、まだ自分を待ち受けているか、誰にもわからないのである。
 だから、私たちが自分に対し、「生きる意味があるか」と問うのは初めから間違っている。
 私たちは生きる意味を問うてはならない。人生こそが、私たちに問いを提起しているからである。
 生きていくことは、その「人生の問い」に答えることに他ならない。そしてそれは、生きていることに責任を担うことである。
 こう考えると、恐れるものは何もない。どのような未来も怖くはない。現在がすべてであり、その現在は、人生が私たちに出す新しい問いを含んでいるからである。

編集部のコメント

 1905年、ウィーンで生まれたヴィクトール・フランクルは、フロイトやアドラーの影響を受け、精神科医となりました。ユダヤ人である彼は、第二次世界大戦時、ナチスによって強制収容所に送られます。収容所では、妻をはじめ家族の多くを失う悲劇に見舞われましたが、フランクル自身は奇跡的に生き延び、1945年に解放されました。
 今回紹介した「要所」を収めたフランクルの著書『それでも人生にイエスと言う』は、強制収容所から解放された翌年にウィーンの市民大学で行った、3つの連続講演をまとめたものです。
 人間にとって、極限状況ともいえる強制収容所。そこに囚われの身となって、なおも人間の尊厳を失わず、生きる希望を捨てなかった人たち。そうした人たちの話も交えつつ、「生きる意味」とは何かを、一般市民に向けてわかりやすく、しかし情熱的に語りかけます。
 3つの講演タイトルはそれぞれ、「生きる意味と価値」「病を超えて」「人生にイエスと言う」。取り上げた「要所」は、1つめの講演「生きる意味と価値」より抜き出しました。
 囚人島へ送られるはずの囚人が、乗っている船が火災に遭うという災難を経験したことで、人生が大きく変わる ―― 。フランクルは、未来にどのようなチャンスが待ち受けているか誰にもわからないことを、このエピソードで示しました。
 だからこそ、私たちが自分に対し、「生きる意味があるか」と問うのは間違っており、人生こそが、私たちに問いを提起しているのだ、と彼は説くのです。
 生きる価値について、フランクルはどう考えていたのでしょうか。彼は自らの思想を適切に表現するものとして、「人生それ自体がなにかであるのではなく、人生はなにかをする機会である!」という、ドイツの詩人ヘッベルの言葉を紹介しています。「生きる意味と価値」の講演の思想は、この短い言葉の中に凝縮されているのです。

 『それでも人生にイエスと言う』は、フランクルが強制収容所での自らの体験を綴った『夜と霧』とともに、世界的なロングセラーとなっています。本書は、フランクルの著作としては初期のものにあたりますが、のちの彼の思想の全体像が、そこに芽生えている点で注目されます。また、講演をもとにしているため、フランクルの他の専門的な著作に比べて一般の人たちにも親しみやすく、彼の思想を知るための入門書として最適です。
 生きる意味を見失いがちな今の時代の私たちにとって、人生のヒントを与えてくれる名著、一読をおすすめします。

2004年8月号掲載

それでも人生にイエスと言う

第2次大戦中、ナチスの強制収容所でまさに地獄のような体験をした著者が、終戦翌年の1946年にウィーンで行った講演をまとめたもの。人間にとって極限の状況といえる収容所にあって、なおも人間の尊厳を失わず、生きる希望を捨てなかった人たちの例などを引きつつ、「生きる意味」とは何かを説く。生きる意味を見失いがちな現代人に、大いなる気づきを与えてくれる1冊である。

著 者:V・E・フランクル 出版社:春秋社 発行日:1993年12月
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